2016年1月22日

3年前のマッターホルン・ヘルンリ稜登山を振り返る。

私の所属する山岳会・Climibing Club ZOOの仲間がこの夏、スイスのマッターホルン(Matterhorn・4478m)を目指すとのこと。
マッターホルンは私も3年前に、一般コースであるヘルンリ稜に取り付いて、下から約3分の2の位置にあるソルベイ小屋に到達したところで登頂断念し、引き返したことがある山です。
その時の経験で構わないので、様子を教えてほしいとその仲間に言われて、今、当時のメモを引っ張り出しています。
(実は下山後に体調を崩してしまい、あまりメモは残していないのですが…)

マッターホルンに興味がある、どんな感じだったか知りたいというお問い合わせは、他の方からもときどきあります。
そこで3年前の記憶を思い出すついでに、これからマッターホルンを目指す人のために役立ちそうなことを、思い出せる範囲でまとめてみました。

これはシュヴァルツゼーという池から、マッターホルンへ向かうハイキングコースを歩いている途中で見上げたマッターホルンの姿。
中央の尾根状の部分が、ヘルンリ稜です。
ヘルンリ稜では顕著なランドマークとなる、2つの山小屋の位置を矢印で示しました。
下にあるヘルンリ小屋までは、一般ハイカーも多く訪れる整備の行き届いた登山道が通じています。

▼日別の記録へのリンク

●1日目:2013年7月3日 ツェルマットへ来ました。
成田空港を出発してドバイで乗り換え、スイスのジュネーブに到着。
そこから電車に乗って、ツェルマットに入りました。

●2日目:2013年7月4日 ゴルナーグラートハイキング、
時差ボケ(日本との時差約7時間)を解消するために、まずは軽いハイキングへ。

●3日目:2013年7月5日 シュヴァルツゼーからヘルンリ小屋へ。
我々はガイドなしの登山を目指していたため、暗いうちに歩くことになるヘルンリ稜の下部を偵察に行きました。

●4日目:2013年7月6日 ブライトホルンに登りました。
4000mを超える標高への高所順応をするために、ブライトホルン(Breithorn・4164m)という山を登りに行きました。
ほんの少しだけ、バリエーションルートをたどりました。

●5日目:2013年7月7日 ツェルマットのヴィアフェラータ。
休養日の午前中に、ほんの数時間で楽しめるヴィアフェラータのコースに向かいました。
この日の午後には、いつでも出発できるよう準備を整えました。

●6日目:2013年7月8日 記録なし。
終日外出せず、天候とルートの確認をしました。
予報ではこの先数日、予報内容に特に変化はないため、翌日出発することを決めました。

●7日目:2013年7月9日 快適だったヘルンリ小屋。
3日目の偵察時と同様のコースを歩いて、ヘルンリ小屋に入って宿泊。

●8日目:2013年7月10日 マッターホルン・ヘルンリ稜敗退。
いよいよヘルンリ稜へ。
しかし残雪多くて時間がかかり、ソルベイ小屋までで敗退。
下山時も悪天候に見舞われて時間がかかり、途中でビバークになってしまいました。。

●9日目:2013年7月11日 マッターホルン下山とツェルマットのお祭り。
ビバーク地より下山。

●10日目:2013年7月12日 ツムット散策。
下山翌日の休養日。

●11日目:2013年7月13日 マーモットを訪ねて。
体調今ひとつで、この日も休養日。

●12日目:2013年7月14日 スイスで罹った腸感冒。
いよいよ本格的に体調悪化。
熱を下げないと日本に帰れなくなると思って、少々焦りました。。

●13日目:2013年7月15日 ドバイを経て帰国。
長く乗った飛行機の中で徐々に体調も回復し、無事に帰国できました。

実際は前後1日ずつ移動に費やしているため、出国から帰国までの行程は、ぜんぶで15日間ということになります。

◆参考資料

まず最初に、参考になる資料を挙げておきます。
画像はいずれも、Amazonの該当商品へのリンクです。

雑誌『山と溪谷』2015年4月号の第2特集が、「登れ、マッターホルン」。
ヘルンリ稜での、現地ガイドを伴った登山の詳細が記されています。
私はガイドレス登山だったため、ガイド登山のことはあまりよく解りません。
ガイド登山をご希望の方には、こちらの記事がとても役立つと思います。

海外旅行ガイドブックの定番『地球の歩き方(A18)スイス』には、スイスの旅をするために必要となるさまざまなことが、詳しく書かれています。
飛行機や現地の交通(特にスイスパスなどの割引制度)のことは、この本で調べると良いと思います。
またヘルンリ稜へのアプローチとなるハイキングコース「シュヴァルツゼー~ヘルンリ小屋」の概要も、解りやすく紹介されていますので、こちらをご覧いただくのが良いでしょう。

アルペンガイド海外版 アルプス4000m峰登山ガイド』は古い本ですが、ヘルンリ稜のコースガイドが載っています。
信頼性の高い具体的な内容であり、私がいちばん参考にした資料です。
もしガイドレスで登ろうという方は、ぜひ入手すると良いでしょう。

◆難易度

次に計画時に気になる、ヘルンリ稜の難易度について考えてみます。

上記『アルペンガイド海外版 アルプス4000m峰登山ガイド』では、ヘルンリ稜のグレードについては以下のように記されています。
難易度:AD-。
4000m峰の一般ルートでは、最も難しい部類に入る。
困難な箇所があるというよりは、注意深く登らなければならないルートが長く続く点が難しい。
頂上の岩場に取り付けられたロープを使用するとき、Ⅲ-の部分があるが、ほとんどⅡ(非常に長く続く)とⅠ。
肩と頂上斜面は、氷のことが多い。
稜線の岩はゴツゴツしてホールドしやすく、雪のない時期に登るのは大変に楽しいが、壁面はたいてい泥炭層をまじえたスラブである。
ルートは、岩がツルツルになっているので見つけやすいが、雨や雪、氷の場合はそれがかえって登高を難しくさせる。
頂上までのルートが長いために、このような場合には、並の登攀能力の登山者では急に登高不能になることもある。
ルートの下部では、多くのヴァリエーションがある。
難易度の「AD-」という表記は、ヨーロッパアルプスで使用されるIFASグレードシステムに基づいたものです。
馴染みのない方がほとんどだと思われるので、以下にその内容を載せておきます。
F Facile (やさしい)
PD Peu Difficile (やや困難)
AD Assez Difficile (ある程度困難)
D Difficile (困難)
TD Tres Difficile (非常に困難)
ED Extremement Difficile (極端に困難)
この内容から判断すると、ヘルンリ稜の「AD-」は、ある程度困難だけれど、それでも多少は楽、みたいな感じでしょうか?
ただし気を付けなければいけないのは、このIFASグレードシステムは、山歩きをベースにした登山の難しさを示したものではない、ということ。
あくまでも氷雪や岩を含んだ、アルプス的な登山やクライミングを示すグレーディングです。
日本のもので対比するとしたら、1級から6級で表される、アルパインクライミングの総合グレード評価に該当するものなのです。
単純に考えて「F」を日本の「1級」とし、「ED」を「6級」としたならば、「AD-」は「3級下」。
ほぼ同等のグレードのポピュラーなルートで言えば、谷川岳・一ノ倉沢・鳥帽子沢奥壁・南稜(3級上)や、北岳バットレス・第4尾根主稜(3級)などが当てはまります。
そういったグレード付けがされていることから考えると、やはりヘルンリ稜は一般登山の延長線上ではなく、あくまでもアルパインクライミングルートのひとつ、と考えるべきだと思います。

なお、マッターホルンは氷河に削られてできた山なのですが、ヘルンリ稜を往復するのならば氷河に降り立つ場面はありません。
したがって日本では習得しにくい氷河技術は、とりあえずなくても大丈夫です。

◆ルートの状況

ヘルンリ小屋を右手から周り込んでなだらかな尾根を進むと、「No Camping」と記された標識が立っています。
そのすぐ向こう、岩壁が一気に立ち上がるところが、ヘルンリ稜の取り付き点です。

岩壁のやや右手が取り付き。
太いフィックスロープをつかんで一段上がり、左へトラバースすると大きなテラスに出ます。
その先は尾根の左側面の、やや歩きにくいザレ場をしばらく進みます。
ザレ場を進むと、大きな岩の溝・第一クーロワールが現れます。
これを左上気味に横断。
少しトラバースをして、2つめの岩の溝・第二クーロワールへ。
それを直上して、さらに左にトラバースするのですが、実際の登山時はここら辺はヘッドランプで登るため、迷いやすいところです。
(写真は偵察時のもの)
下山時に第二クーロワールを横断している写真。
下部は終始こんな感じで、稜には出ずに、浮石の多い不快な岩場をたどります。
踏み跡は、あったりなかったりで判然としません。
またマーキングは、古い赤ペンキがごくわずかに残るのみ。
これは取り付き付近から見上げたヘルンリ稜です。
ヘルンリ稜は「稜」ということで、リッジを忠実にたどる印象がありますが、実際はそうではありません。
ご覧のように稜には細かいアップダウンがたくさんあって、それをたどるというのは無駄が多いからでしょう、東壁(左側の斜面)をたどる部分がほとんどです。
大半の区間で、右手の稜の部分から、10~50mは離れた東壁の面を登ります。
なお左右に残置スリングが目に入ったりもしますが、これらはルートを間違えた人が、正しいルートに戻るための懸垂下降の支点にしたものが少なくありません。
したがって安易に残置スリングを目指すと、ルートミスする可能性が大です。
3つめのクーロワールを過ぎると、多少はすっきりして登りやすくなります。
しかし我々の時にはルート上に不安定な残雪があって、それをかわすために一旦稜に上がり、懸垂下降でルートに戻るというようなことをしたため、大幅に時間がかかってしまいました。。
やがて頭上に現れる、威圧的なツルム(岩稜上に突き出た岩塔のこと)は左から巻いて進みます。
ツルムを巻いて左上すると、やっと待望のソルベイ小屋が見えてきました。
その直下、赤線の部分が核心部となる、モズレイスラブ(Ⅲ-)で、けっこう本格的なクライミングです。
この時は手前の雪の部分はアイゼンを着用して進み、雪がなくたった地点で外して、岩を登りました。
右に見えているのがソルベイ小屋、あまり広くない(定員4人程度)の避難小屋です。
私が登ったのはここまでですが、この先はこの左側の岩(上モズレイスラブ)を登って、そこでやっと稜線に出るのだそうです。
上部は比較的ルートが明瞭であり、迷うことはまずないそうですが、凍結箇所が多くてスリップしやすく、また風も強くなることから、困難さは増すと考えられます。

下山は通常は、山頂部やモズレイスラブを懸垂下降する他は、慎重にほぼ前向きでクライムダウンするのだそうです。
けれども我々の敗退時には、悪天候に見舞われてしまったことから、大部分を懸垂下降しました。
1ピッチ30mでしたが、ほとんどのところに、下降用の残置支点がありました。

◆体力度

事実上のスタート地点となる、ヘルンリ小屋の標高が3260m。
下から約3分の2を登った、ソルベイ小屋の標高が4003m。
そしてマッターホルンの標高が、4478mなので、標高差は1218mということになります。

ガイド登山では一般的に、ヘルンリ小屋-ソルベイ小屋間の標高差743mを2時間半から3時間。
ソルベイ小屋-山頂間の標高差475mも、やはり2時間半から3時間で登るのが通常なのだとか。
かなりのスピードです!

我々は、
  • 第一クーロワールと第二クーロワールの間でルートミス。
  • クーロワールを過ぎた先でいったん稜に出て、懸垂下降。
  • ツルムの下で不安定な残雪を嫌って右往左往。
  • モズレイスラブ下のミックス壁でアイゼン着用。
と、主に4つの原因で時間を費やしてしまい、ヘルンリ小屋を出てからソルベイ小屋に着くまでの時間は、7時間も要してしまいました。。
ルートを知らないので根本的に時間はかかる、ということはありますが、やはり体力不足もあったと考えられます。

ちなみにガイド登山では、休憩はソルベイ小屋と頂上の2回のみ。
もし疲労度大きく、途中でガイドに休憩を求めるようなことがあれば、それは登頂断念を伝えるサインととられるのだそうです。

◆装備

とにかくスピードが求められるルートなので、軽量化を心がけました。
共同装備は、
  • 60mシングルロープ1本
  • ツェルト
のみ。
あとは個人装備で、30リットルザック、登山靴、アイゼン、ピッケル、ヘルメット、ヘッドランプ、サングラス、安全環付きカラビナ4、ノーマルカラビナ4、スリング6。
それと4月頃の北アルプスでの登山を想定した、ウエア類を着用しました。
飲み物は山専ボトル900ミリリットル入りにお湯を持参。
あとは行動食として、パンやチーズ、チョコレート、パワージェルなどを持っていきました。
いっぽうファーストエイド系の持ち物や、国内では必ず持つ予備のヘッドランプなどは省きました。


◆適期

通常は7月上旬から9月上旬に登られることが多いようです。
ベストシーズンは、8月上旬から中旬。
ただしベストシーズンには1日150人程度も山頂を目指すため、大混雑。
順番待ちが原因で登頂断念、ということも少なくないようです。

我々がツェルマットに着いた翌日の午後、悪天候の周期が終わりマッターホルンが姿を現しました。

我々はそれを避けて、早めのシーズンに狙ったのでした。
しかしこの年の6月から7月上旬にかけてのスイスは、30年に一度の悪天候ということで、ヘルンリ稜上にも残雪が多く、登山にはあまり適していない状態でした。
ルートの状況を教えてくれた人からは、
「雪山と思えば大丈夫、木元さんなら登れますよ!」
と言われましたが、そんなに甘くはありませんでした。
特に傾斜の強い部分に、ブロック状に浮いた感じで乗っている残雪は、荷重をかけると崩落する可能性があったため、回避するのに手間どりました。

◆現地トレーニング

ヘルンリ稜を目指すとなったら通常は、リッフェルホルン(Reffelhorn・2927m、左)でクライミングを、またブライトホルン(Breithorn・4164m、右)のハーフトラバースルートで、高所順応を兼ねつつ氷雪技術の練習をする、という場合が多いようです。
しかし我々はクライミング、雪山とも、国内で登り込んでいたため、高所順応のためのブライトホルンの登頂のみ行いました。
現地ガイドと一緒に登るのであれば、リッフェルホルンやブライトホルンハーフトラバースで技術や手順の再確認、というのも重要だと思います。
いっぽう我々は、そういった部分は出発前の国内のトレーニングで済ませ、現地ではどちらかと言うと体力温存を優先させました。

ブライトホルンのノーマルルートの様子。

なお高所順応を目的としたブライトホルンの登頂は、マッターホルンの前には必須だと思います。
日本国内で富士山(ふじさん・3775.6m)を登っておいたとしても、マッターホルンとの標高差は702m。
標高差が500m以上もあると順応は不足であり、山頂間近になって頭痛などの高所障害に見舞われる可能性が高まるからです。
高所順応の効果は長くは続かないので(1週間程度という説もあります)、ヘルンリ小屋に入る前々日に、ブライトホルンに登るというのがお勧めです。
ノーマルルートであれば難易度は高くはなく、『地球の歩き方』にアプローチだけでなく、登り方までも記されています。

◆感想

とにかくデカかった、ということが印象に残っています。
下部のクーロワール帯を抜けると、いったん頭上にソルベイ小屋が見えて、
「もうすぐじゃないか!」
と思ったのですがそこからがとても長く感じました。

下部のクーロワール連続部を抜け出た地点。頭上にはソルベイ小屋が見えていました。

技術的には確かにそれほど難しくはないのでしょうが、下部は浮石の多い岩場で、神経を使いました。
上部に行くにしたがい、周囲の景観はすっきりしてきますが、岩質は『アルプス4000m峰登山ガイド』に書かれた通りの、泥炭層の混じった砂利っぽいスラブが続き、あまり快適とは思えませんでした。。
「難しくはないけれど嫌らしい」
というのが、率直な感想です。
しかしご当地アルプスではない、本物のアルプスの山の中での登りは非常に爽快で、充実しました。
頂上には立てなかったのですが、とても楽しい経験でした!

ヘルンリ小屋とソルベイ小屋の中間あたり。この頃は天気も良く爽快でした!

「リベンジに行かないのですか?」
ともしばしば聞かれるのですが、、今年はちょっと無理。
去年の夏はプライベートでアメリカに行って、ひと月近くも仕事をしなかったので、この夏は頑張らないとまずいです。

中途半端な残雪がなければ、もっとすっきり登れたという気持ちはあるので、来年以降、こんどは8月下旬くらいを狙ってチャレンジしても良いかなと思っています。

◆実際にどの程度の経験が必要か?

簡単とは言え岩場が続き、上部では夏でもアイゼンを使う氷雪斜面が出てくることから、相応の登山技術は必要です。
しかしガイド登山であれば、ルートミスをすることはありませんし、危ないところはビレイしてもらえるので、ほどほどでも何とかなるでしょう。
それでもピッケル、アイゼンを使った雪山(冬期の赤岳、残雪期の奥穂高岳、北穂高岳、五竜岳など、ある程度岩があるところ)に加え、岩稜登攀(前穂高岳北尾根など)の経験は必須のものと思えます。
自己流というわけにはいかないレベルですので、しっかりとした山岳会に入って指導を受けるか、でなければガイド登山で経験を積む、ということになるでしょう。

ガイドレス登山であれば、万が一のことを考えるとさらに高い技術が必要です。
雪山でも一般道ではなく岩稜を含むバリエーションルートをこなし、無雪期であれば3~4級のクラシックルートを確実に登れることが必須でしょう。

あとは体力トレーニング。
標高差800mを、休憩なしで、2時間半で登れることが最低でも必要です。
そのくらいの標高差で歩き主体のコースであれば、1時間を切る人も多いので、頑張ってトレーニングすればすぐにクリアできそうです。
ただしトレイルランニングのような軽量装備ではダメで、しっかりとした靴を履いて、10kg弱程度の荷物を持って登れるようにしなければなりません。

マッターホルン・グレッシャー・パラダイスから見たマッターホルン。右がヘルンリ稜。

しかしマッターホルンは美しい山ですが、事故も多い難しい山です。
年間の遭難者数は1000人以上、そのうち死者は、毎年12人を超すと言われています。
日本人も、大勢死んでいます。
昨年は有名なトレイルランナーの方も、亡くなってしまいました。
目指す場合は万全なトレーニングと下準備を。
そして実際の登山では無理な行動はしないよう、十分に気をつけてくださいね。

▼参考書籍

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