2015年1月15日

雪の降る大菩薩嶺を登る。

マウンティンゴリラ登山学校で向かった大菩薩嶺(だいぼさつれい・2056.9m)の2日目です。

この日は南岸低気圧の通過による、悪天候が予想されていました。
しかし低気圧の発達はそれ程でもなさそうであり、予報を見る範囲では決して行動は無理ではない程度。
逃げ場の多い大菩薩嶺ということもあり、予定通りに出発をしました。

これは大菩薩峠から賽ノ河原を経て、その先の岩の多い稜線を進んでいるところ。
弱い吹雪となっていて、雪山の厳しさを少しだけ、味わいつつ歩きました。

宿泊した勝縁荘では、布団に入れていただいた豆炭あんかのおかげで暖かで快適な一夜を過ごしました。
起床後は6時15分より朝食。
炊き込みご飯とお味噌汁がとても美味しい、体がホカホカしてくるような食事でした。

朝食後は双子のご主人にお礼を述べて、雪の道を出発。
ひと登りで、左頭上に大菩薩峠に立つ山小屋である、介山荘の姿が見えてきました。

介山荘を回り込んで、大菩薩峠へ。
この辺りからいよいよ雪が舞い始め、寒さも厳しくなってきました。

いっぽうこちらは、大菩薩峠からの展望。
北西方向を見たところです。
左に雲取山(くもとりやま・2017.1m)、その右には鷹ノ巣山(たかのすやま・1736.6m)。
その2つを結ぶのは、奥多摩を代表する稜線である石尾根です。

さらに鷹ノ巣山の右手、真東の方向を見ると、御前山(ごぜんやま・1405.0m)、大岳山(おおだけさん・1266.5m)、三頭山(みとうさん・1531m)の奥多摩三山が並んでいました。

奥多摩の反対側には、大菩薩湖を隔てて富士山(ふじさん・3775.6m)が見えるはずなのですが、ガスに隠れて姿はなし。

少し登ると右手の高い位置に、仏塔の1種類である宝塔の姿をした、中里介山碑がありました。
中里介山という人は、大正時代から昭和の初め頃に大人気だった小説、『大菩薩峠』を書いた小説家です。
仏教思想が根底にある小説だったとのことから、この碑も宝塔としたのでしょうか?

大菩薩峠から神部岩、雷岩にかけての稜線は、本来は展望抜群のところなのですが、次第に風雪が強まってきて、景色は何も見えませんでした。。

やがて樹林の中の、大菩薩嶺に到着。
そこからこんどは北面の尾根を少しだけたどり、西に延びる尾根に移って丸川峠を目指します。

途中のトラバース道では、湧き水の滲み出しが、カチコチに凍結した、ミニ氷瀑にも遭遇。
透き通った氷の中に、木の根や落ち葉があって、面白い感じでした。

やがて木彫の仏像が祀られた、丸川峠に到着。

さらに丸川荘前を、裂石方面に下る道へ向かいます。
途中は岩場、というほどでもないのですが露岩の点在する区間があって、スリップしないよう慎重に歩きました。

下山したら本当は大菩薩の湯に入りたかったのですが、木曜日は定休日。
したがって大菩薩登山口のバス停でツェルトをかぶり、1時間ばかりバスを待ちました。
そしてバスの発車時刻が近づいた頃、ツェルトをめくると…外は大雪!
ただしバスが運休になるほどの降りではなく、定刻通りにやってきたバスに乗って、塩山駅に戻ることができました。

<参考コースタイム>

勝縁荘(07:15)―大菩薩峠(07:56)―大菩薩嶺(09:00)―丸川峠(10:08)―裂石・大菩薩登山口バス停(12:06)


山旅ロガーの軌跡


Sマークが勝縁荘、Gマークが裂石・大菩薩登山口バス停です。


下山後の食事

下山後は塩山駅前の、菊よしという食堂でほうとうをいただきました。
値段は1,100円。
特別なことはないのですが、普通に美味しいほうとうでした。
嬉しかったのは熱燗が1本350円と少し安かったこと。
まだ明るいうちだというのに、2本もいただいてしまいました。

▼参考書籍

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